貨幣価値


 「お金」にまつわる話題が登場する落語というのも数多くあります。
 しかし、江戸時代の貨幣単位で語られると、なかなかその価値が実感出来ない場合があります。
 「一両って大金のようだけど、どのくらいの価値があったのかな?」
 落語に限らず、時代劇を見ていてもそんなことばかりに気を取られていました。そんな自分自身の疑問に答えるべく、調査を行ってみました。


 まずは、落語の中に登場する様々な”金額”について、思いつくままに挙げてみます。

【十六文】
 ご存じ「時そば」に登場する二八そばの値段ですね。二八で十六文。

【一両と八百】
 「大工調べ」の中で与太郎が滞納してしまう店賃の額です。
 借金の抵当に大家に持って行かれた与太郎の道具箱を取り返すため、頭領の政五郎が立て替えようとしたのですが、あいにく手持ちは一両しかあり
ません。仕方がないので八百文はあとで払うことにして(一両に比べればたかが八百)、道具箱を取り返して来るよう与太郎に命じるのですが、与太郎の
口の聞き方が悪かったために大家はへそを曲げてしまい道具箱を返してくれません。
 果たしてこの時の八百文は、政五郎が言うように「たかが八百」なのでしょうか。

【四十二両】
 「芝浜」の中で、魚屋の亭主が海岸で拾ってきた財布に入っていた金額です(噺家によっては五十両にする場合もあります)。
 これで当分遊んで暮らせると仲間を集めてどんちゃん騒ぎを始めてしまうのですが、果たしてどれくらい遊んで暮らせたお金なのでしょう。

【五十両】
 「黄金餅」で、病気で苦しむ乞食坊主の西念が死ぬ間際に餅にくるんで飲み込んでしまった一分金二分金の合計金額です。

【五十両】
 「文七元結」で、博打好きの左官の長兵衛に妓楼佐野槌の女将が娘の預かり料として貸した金額です。

【五十両】
 「井戸の茶碗」で、細川藩の若い勤番侍が三百文で買い求めた仏像から出てきた小判の額です。

【五十両】
 「柳田格之進」で、格之進が碁敵の万屋源兵衛の離れ屋敷で碁に夢中になっているときに、離れから紛失した小判の額です。
 格之進は店の者から疑われ、無実ではありましたが、娘のおきぬを郭に身売りしてこの金を工面しました。

【三百両】
 「火焔太鼓」で、道具屋の亭主が殿様に買って貰った時代物の太鼓(火焔太鼓)の値段です。

【一千両】
 「宿屋の富」に出てくる富くじの最高当選金額です。
 ちなみに富くじ一枚の値段は一分でした。現代の宝くじと比べてみると如何なものでしょう。


 次に、貨幣単位の関係を示します。

 一両 = 四分
      一分 = 四朱
           一朱 = 二百五十文

 つまり、一両は4,000文ということになります。
 ただし、これはあくまでも公定相場であり、実際に一両金と交換できる銭は日々変動していたようです。
 江戸時代初期においては、一両=2,000文ということもあったようですが、金の価値は次第に上昇し、江戸時代後期においては、公定相場も一両=
6,500文へと変わっていったようです。


 では、いよいよ現代の価値に換算してみることにします(江戸時代後期を基準)。

 まず、物の価値感が現代とは全く異なっておりますので、算出基準をどうするかが大きな問題となります。
 例えば、米の値段を基準にした場合、金一両は現代の55,000円くらいになるようです。
 また、職人の賃金から算出した場合、金一両は現代の300,000円になります。 ※「武士の家計簿」磯田道史より
 この中間を取って、一両は十数万円と考えるのが適当でしょうか。

 計算しやすいように一両=120,000円としてみましょう。
 すると、一文=30円になります。

 二八そばは480円になりますね。
 富くじの当選金額は3億円。(ジャンボ宝くじと一緒ですね) しかし、富くじ1枚の値段が3万円というのはちょっと高いですね。
 遊郭への身売り金額は600万円。
 火焔太鼓のご亭主は9,000万円の大金を手にしましたから商売安泰です。

 問題は大工調べの与太郎です。滞納した14万4千円の店賃のうち12万円を支払って2万4千円は後払い。「たかが八百」かどうかは微妙なところで
す。
 ただし、大工の手間賃は一日540文くらいはあったようですので、道具箱さえあれば2日で稼げる金額だったようです。

 最初に定めた換算金額、落語の世界に当てはめてみるとなんとなくいい感じがします。
 では、これを実際の世界に当てはめてみます。 ※「柳庵雑筆」より

  ◆大工(夫婦と子供一人)の年間収入:26両=312万円
  ◆振り売り(行商人)の年間収入:35両=420万円
  ◆農家(水田1町と畑5反)の可処分所得:11両=132万円
  ◆武士(石高500石の旗本、使用人7名)の年間収入:150両=1,800万円

 農家の場合は、米や麦などの食料は確保されていましたのでこのような少ない金額になりますが、それでも農民にとっての一両は、現代で言えば50
万円くらいの感覚ではなかったかと思います。
 それに引き替え、武士はかなりの収入があるように見えますが、人件費や交際費等が大きな負担となっており、やはり家計のやりくりは大変だったよう
です。


 参考までに、江戸時代後期の様々な物の値段について掲載します。 ※「江戸の意外な『モノ』の値段」他より

値段
一文=30円で換算
浮世絵
32文
960円
見せ物
24文
720円
歌舞伎(桟敷)
3,500文
10万5千円
風呂屋
8文
240円
駕籠(日本橋~吉原)
200文
6,000円
飛脚(書状1通)
30文
900円
旅籠(中級)
200文
6,000円
木綿1反
600文
18,000円
下駄(並)
50文
1,500円
番傘
200文
6,000円
蛇の目傘
800文
24,000円
西瓜
40文
1,200円
沢庵大根
15文
450円
鮨(握り鮨)1個
8文
240円
200文
6,000円
鰻飯
200文
6,000円
豆腐1/4丁
15文
450円
納豆
4文
120円
蜆 1升
10文
300円
このしろ
3文
90円
ゆで卵
20文
600円
天麩羅蕎麦
32文
960円
大福餅
4文
120円
蒸羊羹
70文
2,100円
串団子
4文
120円
心太
70文
2,100円
甘酒(1椀)
8文
240円
冷や水(1椀)
4文
120円
菜種油(1合)
40文
1,200円
居酒屋(酒1合)
32文
960円
煙草(14g)
8文
240円
百目蝋燭
200文
6,000円
歯磨き粉1袋(1ヶ月分)
8文
240円