牛ほめ

  「道具屋」「かぼちゃ屋」などと並ぶ、典型的な「与太郎話」である。
 権田原の佐平おじさんところで新しい家が出来たってんで、お父っつぁんに習ったとおり、家を褒める口上を並べ立て、おじさんをいい心持ちにさせてお小遣 いにありつこうっていう魂胆だったのだが、そこはさすがの与太郎、なかなか思惑通りにはいかない。 
 「畳は備後の五分縁」と言うべきところを「畳は貧乏のぼろぼろ」と言ったりして、かえっておじさんを怒らせちまう。
 しかし、与太郎にはお父っつぁんから教わった最後の切り札があった。おじさんが気に病んでいる柱の節穴・・・

与太郎 :「おじさん、この節穴気に病んでるな」
おじさん:「あぁ、お前にも分かるか。いやぁ、場所が場所だけにな、なんとも気になってしょうがねぇんだ」
与太郎 :「おじさん、この節穴なら気になさることはありません」
おじさん:「そうか?」
与太郎 :「場所が台所だけに、秋葉様のお札をお貼りなさい。穴が隠れて火の用心になります」
おじさん:「こりゃあ恐れ入った。馬鹿だ馬鹿だっと思っていたら、ちっとも馬鹿じゃねぇ。いやぁ、ちっとも気がつかなかったなぁ、秋葉様かぁ、火伏せの神。穴が隠れて体裁がよくて、そのうえ火の用心・・・さっそくそうさせてもらうよ。いやぁ、ありがとう、ありがとう」

 ここで止めておけばよかったものを、与太郎、調子に乗って、おじさんの家にいる牛を褒めだした。家の褒め方をそのまま流用し、なんだかんだととんちんかんな褒め方をした後の、最後のトドメ・・・

与太郎 :「あ、尻尾の下に穴があるな。おじさん、あれ、何の穴だ?」
おじさん:「おい、しっかりしろよ。あれは牛のお尻の穴だ」
与太郎 :「汚い穴だなぁ。ずいぶん目立つなぁ。おじさん、あの穴、気にしてるだろ」
おじさん:「なにを言ってやがる!あんなもの、気にしちゃいねぇや!」
与太郎 :「あれでしたら、あまり心配することはありません」
おじさん:「だから、心配なんぞしちゃいねぇや!」
与太郎 :「あの上から秋葉様のお札をお貼りなさい」
おじさん:「馬鹿!!そんなことしたらバチがあたらぁ!」
与太郎 :「いやぁ、穴が隠れて、屁の用心!!」

 このように、誰かから教わった内容を、その通りに真似しようとしてしくじってしまう、その中に滑稽を感じさせるという演出手法を「鸚鵡」と呼ぶ。この手 法を取り入れた落語には「子ほめ」「時そば」「青菜」などがある。
 何を隠そう、筆者が新入生の時、最初に演じたのがこの「牛ほめ」である。筆者は、四代目春風亭柳好の「牛ほめ」を手本とし、彼の訥々とした語り口まで真 似したものだから「ネクラの与太郎」とまで言われてしまった。
 しかし、柳好さんは鬼籍に入られてしまったが、しみじみとしたおかしみのある彼の牛ほめこそが、やはり今でもベストだと思っている。