「かしわそば」と15の夜

※S56年卒のN.H.氏からの投稿を元に作成。


 深志の自由については、このWebサイトのあちこちで触れているが、その反面、筆者の出た中学は校則で雁字搦めになっていた感があった(他の中学の事情 を知らないので、松本近辺の中学は皆こんな感じだったのかもしれぬが)。
 例えば、「生徒だけで町内を出る場合は、必ず制服を着用すること」という校則があった。また、「飲食店へは、必ず保護者同伴で入ること」という校則もあった。
 これらを忠実に守ったとしたら、松本の街へ生徒だけで出掛ける場合、朝出掛けたら午前中には帰って来なければならないことになる。それがイヤなら、昼に 出て夕方に帰るか、弁当を持って出掛けるか、1日飲まず食わずで耐えるか、という道を選択せねばならない。
 したがって、松本市外に暮らす大半の若者達は、高校生になるまで「松本の街の奥深く」を知らぬまま高校生になってしまう。(それが悪いこと・・・と言うつもりはさらさらないが)

 文化祭前の合宿の時に、夕飯を食べに街へ繰り出した我々は「一平」という大衆食堂に入った。ここで、「かしわそば」を誰かが注文した。
 「『かしわそば』って何だ?柏餅みたいに、そばがかしわの葉っぱでくるまれて出てくるのかな?」
 無知な我々は、「かしわ」が鶏肉であることを知らなかったのだ。1年先輩のY.Oさんが、「関西の方では鶏肉のことを『かしわ』って言うのさ」と説明し てくれた時には、「おお、さすが先輩。博識だ!!」と感心したものである。無邪気な高校一年生なのであった。

 また、文化祭が終わって、打上げに出掛けた時のこと・・・
 我々が高校生の時、ちょうど松本駅前・・・新伊勢町通り付近の区画整理が行われ、すっかり綺麗な街に生まれ変わるのであるが、これはその区画整理が行わ れる前、まだ古き良き松本の街が残っていた頃の話である。
 表通りから脇へ一歩入ると、そこには怪しげな小道が縦横に走っていた。田舎から出てきた1年生にとっては、まさにワンダーランド。落研の常連の店は、そ んな古めかしい路地にある「フランセ」というパブだった。
 大学生のOB達に連れられて、水割りやハイボールをごく普通に飲んでいる3年生達を、「オトナだなぁ」とやや憧憬のまなざしで見つめていた我々1年生が 飲んでいたのは、「バイオレット・フィズ」というカクテルだった。
 オロナミンCに毛が生えたような飲み物だったが、まだまだ体が強いアルコールを受け付けることが出来ず、このカクテルを飲みながら、先輩達の話に聞き入っていた。

 「スクリュードライバーってのはね、オレンジジュースみたいな味のくせに、結構アルコール度数が強いから、女の子をだますのにはいいんだよ」という古典 的なネタを教えてくれたのは、3年生のE.Yさん(女性)だった。
 彼女は、どう見ても3年前まで中学生だったとは思えず、場末のスナックのママと言えば、それでも通りそうな風貌と性格をしており、落研の中でも異様な光を放つ先輩だった。

 15の夜から1年が過ぎ、16の夜になった時、さすがにバイオレット・フィズは飲まなくなっていて、ウイスキーの水割りなども普通に飲むようになっていたのだが、ここでちょっと落研を離れる。
 クラスで上高地へキャンプに出掛けた時のこと・・・私とR.Nがチビチビとワインを飲んでいたら、社長令嬢のXさんがやってきて、「あら、何飲んでいる の?ワイン・・・まあ、なんて可愛いんでしょう」という捨て科白を残して去っていった。彼女の手に握られていたのは、ストレートのブランデー。

 「深志の女性は・・・」という話を書くのは無意味に余計な敵を作ることになるので極力避けたいところだが、その手のネタはゴロゴロ転がっており、ついつい書いてしまうのである。


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