お岩さんの呪い

【重要な前置き】
 最初に断っておくが、我が落研の女子部員は「なぜ落研に!?」と周りがいぶかしがるほどの美人揃いだっ た。粒ぞろいといってよいだろう。少なくとも、深志の基準に照らし合わせればそうだ。世間の基準に照らした場合・・・私は敢えて地雷を踏むようなことはし ない人間であり、暴力には逃亡で対処する人間である。とにかく、以上のこと、しつこいようであるが落研は美人揃いであるということを心に刻みつけた上で、 以下の本文を読んでいただきたい。

【本文】
 落語にはいろいろなタイプの噺があるが、大抵の落研部員は「滑稽話」というものを出し物としていた。その他としては、人情話、芝居話・・・などといったジャンルがあるのだが、まだ人生経験の乏しい高校生にはちょっと厳しい。
 筆者が2年生の時、部長のY.Oさんが「怪談話」に挑戦することになった。「四谷怪談」である。3年間の最後の作品ということで大作に挑戦することにしたのである。
 この作品は、その後あらゆる意味(人、モノ、金)で大作となってゆく。

 まず、深志落研において、過去にこの噺を演じた人々は皆不幸な目に会っている。「お岩さんの呪い」によるものであるとまことしやかに語り継がれていた。四谷怪談を演じた人間は、その後必ずあのお岩さんのように目の上に腫れ物ができたのである。蜂にさされるとか、そういった類の事故に遭遇するだけのことではあるが、しかし気持ち悪いことには変わりない。
 それを避けるため、我々は新宿にある「四谷稲荷」までお参りに行った。この時点ですでに、ただ単に落語を実施するにしては莫大な費用が発生していた。

 話は脱線するが、この頃我々中高生の間では「オールナイトニッポン」という深夜放送を聴くことが流行っていた。中でも、土曜日のパーソナリティである笑福亭鶴光の「カメの呪い」と いうコーナーが人気を博していた。知らない方々のために概略を書くと、怪談のようにおどろおどろしいタイトルをまず発表した後、本題を話すと実は全く恐く ない落ち(例:「悪の十字架」→「開くの10時か?」)が待っているというものである。ちなみに私が今でも覚えているお気に入りのネタがあるのだが、 ちょっとシモに走っているのでここで紹介するのは差し控える。どうしてもという方がいたら、メールをいただきたい。

 さて、四谷怪談に戻る。落語というものは、基本的には一人いれば出来る芸である。四谷怪談にしてもそれは同様。しかし、部長の最後の噺ということもあり、我々は総出でこの作品を盛り上げることにした。
 まずは、雰囲気を出すためのドライアイス。言うまでもなく、白い煙を発生させる。
 次に人魂。長い竿の先に紐を付け、ベンジンを湿らせたぼろ切れを巻く。なにぶん、落語口演を行うのは図書館の2階ホールであったため、きっちりと消防署 の許可を取る必要があった。そのため、理由書を作成し顧問の先生を通じて職員会議で説明していただいた記憶がある。その結果、落語口演にはたくさんの先生 に来て頂くという思わぬ効果があった。それにしても、舞台は幕で囲まれていたため、人魂係にはかなりの緊張が強いられたと思う(思う・・・というより、実 際に私がやったわけで、緊張したのは事実である)。
 そして、問題のお岩さん。お岩さんといえば、「怖い」、「不気味」というイメージがあるだろうが、それはメークアップ後の姿であり、実体は飛び切りの美人なのである。「あの~、私お岩さんやってもいいですよ」。我々はその言葉を無視し、3秒でお岩さん役を決めた。新入部員のAさんである。彼女は、ミス深志にもノミネートされたことがあり、入部した瞬間に落研のアイドル的存在になっていた(ここで、【重要な前置き】を思い出していただきたい。私は平和主義者であり、無用な攻撃に対してはあらかじめ手を打っておきたいのである)。
 ドライアイス係、人魂係、お岩さんと、すでに3名が配置されているが、あとは、「ドロドロドロ・・・」といったおどろおどろしい音を出す太鼓係も必要だった。そして最後に「ひゅうう~」という横笛の係も必要なのだが、ここで予算が切れた。横笛は「口笛」で代用した。ちょっと寂しい気もするが、でも二人がかりで口笛はハモらせた。(もっと寂しいかもしれぬ)
 さて、演者+6名の総勢7名で実施した「四谷怪談」であるが、Y.Oさんの熱演もあり高校生活の最後を飾るのに相応しいものとなった。

 ここで、再び【重要な前置き】を思い出して欲しい。我々男子部員はお岩さんを3秒で決めるという大きなミスを犯していた。Aさんは居づらくなったのか、1年も経たないうちに落研を去っていった。男子部員は悲しみに暮れた。「お岩さんの呪い」ならぬ「おカメの呪い」だったのかもしれぬ。

※断るまでもないですが、最後の1行のみ全くのフィクションです。

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