発声練習

 5月、新入部員の顔ぶれが揃った頃、落研としての第一歩である「発声練習」を行う。

 「あえいうえおあかけきくけこかこ・・・」

 「うたうたいがうたうたいにきてうたうたえというがうたうたいぐらいうたうたえればうたうたうがうたうたいぐらいうたうたえぬからうたうたわぬ」

のように、滑舌をはっきりさせないときちんと発音出来ないような文を腹式呼吸により発声するのである。
 また、お馴染みの「寿限無」を覚えて早口の練習もする。目標は10秒以内だが、慣れてくれば7秒くらいで出来るようになる。ただ、最近では、NHK教育 TVの影響で子供でも「寿限無」を言えてしまうので、ちょっと拍子抜けである。

 我々が発声練習に使用したテキストは代々受け継がれてきたものであるが、元はTBSのアナウンサーのための練習用テキストであった。
 TBSと言えば、当時「オーケストラがやって来た」という番組を放映していた。その番組のプロデューサーが深志OBの萩元晴彦氏であったこともあり、そ れを縁として当時の音楽部がその番組に出演することになった。確か、松本城をバックに歌っていた記憶がある。
 そしてこの時、深志を揺るがす事件が起きた。
 萩元氏が月刊文藝春秋に寄稿したエッセイの中で、深志音楽部を批判したのである。「・・・彼らは、出演料を要求してきた。後輩ながら、今どきの高校生は なんと浅ましいことか」といったトーンの内容だった(と思う)。
 これに対して、音楽部の部長も黙ってはいなかった。深志では、世間(というより学校の連中)に対して何かを訴えたい!!と激しく思い詰めた生徒は、「檄 文」と呼ばれる文章を模造紙に書き連ね、正面玄関などに張り出すのである。
 音楽部から檄文が出た直後、それに対する批判的な檄文も掲示されていた。
 果たして悪いのは、萩元氏か音楽部か・・・校内はこの話題で持ちきりだった。

 私は、この事件の詳細に関しては詳しく覚えておらず、音楽部がどのような弁明をしたのかも分からない。ただ、いろいろな意見が語られた中で、物理学のO先生(故人)の言葉が今でも印象に残っている。
 「私は、事情を知る者ではないので、どちらが悪いのかは分からない。ただ、マスコミという発言力を持つ側の人間が、持たない側の人間に対し、一方的にものを申すというのはどうだろう」

 萩元氏も現在では鬼籍に入られており、殊更に故人の悪口を書こうとは思わない。それどころか、彼の創設した「テレビマンユニオン」制作の番組(「世界ふ しぎ発見!」「世界ウルルン滞在記」「グレートマザー物語」など)は、比較的品の良いものが揃っていると思うので念のため申し添えておく。