オショウ

 社会科を担当していた、川上一応先生のニックネーム。本職は、林昌寺の住職。
 映画「さよなら、クロ」のクロ(本物)が亡くなったとき、お経をあげたようであるが、映画の中でも本当に彼が読経を担当している。したがって、あえて実名を記載する。
 筆者はオショウさんの倫社の授業を受けているが、同級のR.N君が妙に詳しく覚えているので、彼の思い出を記載する。


【R.Nのメールより】
 記憶にある授業として、倫理社会、「川上の和尚」が担当していたよね。
 1年生の最初の授業のとき、川上先生が入ってきて・・・。さあ、どう始まるのかなって思っていると、「生徒手帳を出して、○○ページを開きなさ い」・・・そこには学校の沿革が・・・。「初代校長小林有也先生は・・・」と授業が始まる。確か、学校の歴史が2時間に渡ったと思ったけど・・・。
 その後、笠信太郎の「ものの見方と考え方」の本が配られて、これについて毎回レポート・・・。それが終わったら、梅原猛の「日本文化論」、それで1年が終わった。


 筆者が覚えているオショウさんは、とにかく駄洒落が多かった。まじめな授業の中でまじめな顔をしてまじめに駄洒落を言っていた。

 「日本で一ばん大きな大学はどこでしょう?」
 生徒達が、「学生が一ばん多いのは『日大』だし・・・」「敷地が一ばん広いのは『北大』だし・・・」「資産が一ばん多いのは『東大』だし・・・」なんてことを口々に言っていると、
 「正解は埼玉大学、『サイダイ』だから」

 最初は生徒達も駄洒落を言うたびに「つまらねぇな~」という態度を示したものであるが、そのうち慣れてきて、つまらない駄洒落を言われても無視するようになる。それでもめげずに彼は駄洒落を言い続けた。
 おそらく今は「おやじギャグ」という、さらに蔑みの言葉を浴びせられているのだろう。それでも駄洒落を言い続けているオショウさんの姿が目に浮かぶ。

 

※2014/10追記

オショウこと川上一應(かわかみいつおう)先生は平成26(2014)年3月20日に亡くなりました。ご冥福をお祈りいたします。